アルツハイマー病の新しい治療薬「レカネマブ(販売名レケンビ)」が国内で使われ始めて、約1年4カ月が経った。副作用があらわれる頻度は、治験の時より低い傾向がみられている。また、似た効果が期待される別の治療薬も登場した。何が違い、どうやって選べばいいのだろうか。
国内で認知症とその前段階とされる軽度認知障害(MCI)の高齢者は計1千万人以上(2022年時点)との推計があるなか、これまで病気の原因に直接働きかける薬はなかった。
認知症の原因はさまざまだが、患者の約7割がアルツハイマー病だとされる。原因は完全にはわかっていないが、脳内にたんぱく質のアミロイドβ(Aβ)などが蓄積し、神経細胞を壊すと考えられている。
レカネマブは、そのAβを除去する、日本で初めて承認された薬だ。
症状の進行を27%抑制
壊れた神経細胞を再生するわけではなく、症状の進行を遅らせることを目的とするため、使えるのは軽度認知症とMCIの人に限る。また、使用前に脳内にAβがたまっていることを検査で確認する必要もある。
国内外の1795人が参加した治験の結果、18カ月使った人は偽薬を使った人に比べ、記憶力や判断力を評価するスコアの悪化を27・1%抑えられた。
国内では23年9月に製造販売が承認され、同年末から現場で使い始めた。
日本老年精神医学会理事長の池田学・大阪大教授は、「アルツハイマー病治療への突破口になる可能性がある」と期待する。
「仕事をもつ患者が退職を数年遅らせることができたり、一人暮らしの年配者が自立した生活を続けられたりしたら、メリットになる」
池田教授によると、Aβは蓄積しても症状が出るまでに長い時間がかかるが、PET(陽電子放射断層撮影)や脳脊髄(せきずい)液検査が発達し、症状がほとんど出ていない早期に発見できるようになったことも、レカネマブの実用化を後押しした。
池田教授はレカネマブ使用を視野に入れる兆候として、同じものを重複して買うことがある、病院の予約日を間違える、薬の飲み忘れが多くなる、同じことを何度も言う、趣味や社会活動が億劫(おっくう)になる、などを挙げる。
ただ、使用にはいくつかハードルがある。
脳内の浮腫、微少出血に注意
レカネマブは症状の進行を遅らせるための薬で、進行自体は止められないことを患者や家族が理解する必要がある。症状には個人差があり、全ての患者で効果が得られるわけでもない。
副作用にも注意が必要だ。治験では薬を使った人の12・6%に脳内の浮腫、13・6%に微小出血が報告された。使い始めてからも定期的にMRI検査を受けなければならない。
また、病院での点滴は2週間に一度で、それを1年半はつづける負担もある。使える病院はまだ限られ、地域によっては遠方まで通う必要がある。
国内では、使用が始まって約1年4カ月が経った。
製造元のエーザイによると、25年1月時点の投与患者数は約6800人、投与施設は約660カ所にまで増えた。
副作用が現れる頻度は治験の結果より低く、24年12月時点で脳内の浮腫が2・5%、微少出血が2・8%だという。池田教授によると、治験でもアジア人は他の人種より頻度が低い傾向がみられた。
また、治験参加者を18カ月経った後も観察すると、投与を36カ月までつづけた人は、18カ月時点よりさらに進行を抑える効果が大きくなったという。
新薬「ドナネマブ」も承認
一方、レカネマブと同様にAβを除去する働きがある米イーライリリーの治療薬「ドナネマブ(販売名ケサンラ)」が、24年9月に国内での製造販売が承認された。
治験では、ドナネマブを18カ月使った人は偽薬を使った人と比べ、認知機能の悪化を35・1%抑えられた。副作用は、使った人の36・8%で脳内の浮腫や微小出血がみられた。点滴は4週間に一度だ。
薬の価格はどちらも、体重50キロの人で年間300万円ほど。負担額は年齢や収入によって決まる。
使う薬はどうやって選べばよいか。池田教授は、「必要とされる通院の頻度や治療期間、副作用の発現率が異なるので、個々の患者さんの状況に合わせて判断することになる」。
その上で、「いずれの薬を使う場合も、その前にまず、適切な食事や睡眠をとる、処方された薬を正しく飲む、社会活動に積極的に参加する、といった基本的なことをするのが大事だ。それだけでも症状が改善する人は多い」と話している。
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